vaca

誰かのせいにするのは簡単。
自分で選んでるっていうこと、忘れてる。

コンポストセンターの道中にある牧場を移動中の牛です。

コンポストセンターの道中にある牧場を移動中の牛です。

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牛のエサを隣の畑で育てています。

牛のエサを隣の畑で育てています。

これから畑で働くホセです。エルサルバドルでは「Jose(ホセ)」さんはメジャーな名前です。

これから畑で働くホセです。エルサルバドルでは「Jose(ホセ)」さんはメジャーな名前です。

母より

    大事なのは、
    人が自分をどう評価するのかじゃなくて、
    自分が自分を最後にどう評価するか、
    だと思うよ。

結局、自分以上に自分の人生のこと考えてる人、いないしね。

お料理隊員が作ってくれたジャガイモのでんぷんで作ったわらび餅♡

お料理隊員が作ってくれたジャガイモのでんぷんで作ったわらび餅♡

familia

日曜の昼下がりは、ハンモックに揺られて。
娘たちがマンゴーを剥いてくれ、
奥さんが庭で採れたトウモロコシを粉にしてトルティーヤを焼いてくれる。
みんなお父さんが大好き。
みんな助け合って生きている。

助け合う人が一人いるだけで、どんなに救われるか。
そんな人を見つけるのが、どんなに大変か。

そんな人を見つけたときは喜びに溢れてるのに、
いつか別れが来て、悲しい想いを繰り返すのはなぜなのか。
はたまた忍耐とか割り切りとか、だましだましか。

誰かと別れるくらいだったら一人で生きていった方がいいのかもしれない。
けど、やっぱり一人で生きていけるほど強くないという現状。

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3時のおやつは、採れたてのミツバチの巣蜜。

3時のおやつは、採れたてのミツバチの巣蜜。

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紫色のトウモロコシ100%のトルティーヤ。

紫色のトウモロコシ100%のトルティーヤ。

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ごはんやで〜

ごはんやで〜

日本一時帰国の効果

2013年12月21日から翌2014年1月6日までの17日間、
母国である日本へ一時帰国した。

協力隊は、一年のうち最大20日間、
赴任国以外の周辺国と日本に旅行ができる(任国外旅行)のだが、
貴重な20日間の大部分を日本帰国に費やした。

エルサルバドル出国3日くらい前から、もう頭の中では日本での生活が始まっていて、
エルサルバドル人たちとのコミュニケーションに集中できなかったくらいウキウキしていた。

サンサルバドル国際空港を14時前に出て、19時前にワシントンD.C.に到着…する予定が、
出発が遅れたのと、ワシントンD.C.の入管スタッフの数が少ないくせに、
旅行者が溢れてる状態で、待つこと約3時間。

しかもエルサルバドルから他国に出国するときの審査といったら、半端なく厳しいものだった。
まず、チケットカウンターの列に並ぶためにパスポートを見せる。
次に、身体検査と手荷物検査。ペットボトルの水はここで捨てなければいけませんので、
ぐっと飲み干して、通りました。
私物は中までじっくり覗いて、振ってみて…といういや〜な感じの検査エリアを抜けると、
自分の飛行機の離陸ゲートまでは、飲み物買っていいよね?ということで、
ランチのサンドイッチとコーヒーをゲート前の売店でゲット!
さて、ゲート前のベンチで食べながら待とうと思ったら、
ゲート前のベンチに座るためにまたまた手荷物検査と身体検査。
直前に買った熱々のコーヒーもここで飲み干すハメに…。厳しすぎるーーーー泣
という感じの厳しさなのでした。

アメリカの出国審査よりずっと厳しい!

さて、予定より4時間ほど遅れてワシントンD.C.に着いたので、
仕方なく空港近くのホテルに行くことに。
思わぬ出費にちょっとショックだったけど、
ダブルベットのパリパリのシーツにふわふわの枕と布団の独り占めで、
この上ない贅沢な気分を味わった。
ありがとう、飛行機遅れてくれて。

翌朝22日は、10時前にワシントン・ダレス空港に入り、
23日の16時半頃、成田へ到着。

久しぶりにFace to Faceで話す友人たちとの日本語。
「自分の思いをすらすら言える!」「相手の言ってることがよく分かる!」
という当たり前のことにやけに興奮し、
ひたすら饒舌になっていた日本滞在であった。

しかも、長らくの理解できない、
自分の思いを100%伝えられないスペイン語のトレーニングのためか、
相手がいわんとしてることの本質、真理を捉えようとする意識が高まった気がする。
理解できない言語、扱うのが不自由な言語を学んだ副次効果とも言えようか、
あの言葉で苦労した日々も無駄ではなかったなぁと一息つくことができた。

それに、エルサルでの「モノを大切にする文化」から学んだのか、
必要なモノしか持てなくなってしまったと気付いた旅でもあった。
ちょっとでも余分なものを持つと、失くしたりする。
だから、本当に、本当〜に必要なものだけを持とうと思うと、
身軽だし、本当に必要だから決して失くさない。
身軽だと目標も分かりやすいし、使いたいときにすぐ見つけることができる。
これはモノだけではなくて、
すべての選択肢(付き合う人、行く場所、持つモノ、話すテーマなど)において言えるのだが、
人情だけは忘れずにいたいもの、ということも同時に身をもって学習した。

「日本に一時帰国したら食べたいものランキング」なんて、去年の秋頃走りながら考えていた。
お寿司、すきやき、吉野家の牛丼、いくら丼、刺身…言い出したらきりがないけど、とにかく日本に帰ったらいっぱい食べまくってやるーと意気込んでいたのだが、15時間差の時差ぼけと慣れない日本の冬の気候に圧倒されてしまい、私の胃袋は食べ物を受け付けず、夜になってやっと友達や家族との付き合いでお酒とつまみを食べれるようになったくらい。
知らない間にエルサルバドルナイズ化された私の体とこころ。

旅行の醍醐味である、帰国後の自分の部屋での「ほっと一息」は一応ついたのだが、
年を越して久しぶりに自分の部屋に戻ると、私の至るところのモノの配置が完全に変わっており、
おまけにゴキブリ駆除用の白いペンキみたいなのがたくさんの私物に付着していた点については、
やっぱりエルサルバドルはカオスだな〜(良くも、悪くも)、と感心したものです。

貧しいからって不幸なわけじゃない。
経済格差はあるけど、それぞれの文化で幸せだったり、時に不幸だったりしながら、
それでも近所の人たちと協力して生きている。
日本での生活とエルサルバドルでの生活を比較すると、
置かれてる環境が違うということもあるから決して比べられないんだけど、
こうやって異なる価値観を肌で学ぶことができる協力隊という制度に乾杯!

確かアフリカの協力隊員の方が昔ブログで書いていたけど、
「任地での生活っていうのは、(日本とは)完全に異次元ワールドだってこと」を痛感した。
だって、この任期が終わったら、仕事としては原則戻って来れないし、
普通に考えて、任期終了後エルサルバドルで働き続ける…っていう選択肢は今までなかったから、
この地の景色を見れなくなってしまうのはなんとも悲しいこと!…と気付ける旅でもあったのだ。

それくらい、昔からの友人や家族との対話っていうのは、
互いに置かれてる環境は違うけど、話すことで自分の「鏡」となってくれるから、
コミュニケーションを通じて自分の意志を再確認できる貴重なチャンスでもあるのだ。
毎日のように違う人に会いに奔走し、予算をはるかに上回る出費となってしまったが、
それもこれも必要経費だから、出費は惜しまないことにしよう。

今、日本から戻って約1週間。
やっとエルサルバドル生活での「日常」の感覚を取り戻しつつある。
旅行でのテンションでは気付けない点や生き延びれないリスクを抱える恐れがあるから、
エルサルバドルOSをインストールして、この地での生活にまた馴染んでいくのだ。
なんとも楽しい、どっぷり型エルサルバドル体験2年目をいよいよ迎える。

ププサ屋の次女ルーペ。

ププサ屋の次女ルーペ。

ププサ屋の三女、エリザ。

ププサ屋の三女、エリザ。

我らがトゥーティー。四女。この上に兄一人、姉一人、妹一人。

我らがトゥーティー。四女。この上に兄一人、姉一人、妹一人。

Regresé a Japón lo que país yo nací solo por 17 dias de 21 de diciembre de 2013 a 6 de enero de 2014. Los voluntarios de JICA tienen 20 dias para viajar a los países lo que estan cerca del país lo donde se mandan como voluntario y japón, yo usé muchos vacaciónes a Japón. Antes de regresar a Japón, hace 3 dias antes, yo estuve entusiasmada por el image del viaje a Japón y no pude concentrarse al conversación de los salvadoreños. Al princiío tenia plan lo que iré a Dulles International Airport en Washington, DC a las 2 p.m. y llegaré a las 7 p.m., pero el tiempo de la salida tardó mucho y estan poco empleados en el imigración de Washington, DC, y muchos viajeros por eso teniamos que esperar más o menos 3 horas para entrar a Estados Unidos. Además los examen son muy estrictos, por que teniamos examinarse 3 veces aún antes de entrar los bancos de la puerta de mi avíon. por eso tenia que tomar café muy caliente lo que compré inmediatamente en frente de la puerta. Creo que lo es más estricto que lo de Estados Unidos. Pues, tardé a llegar a Washington, DC, por eso fui al hotel lo donde esta en cerca del aeropuerto y dormí en sábana lo que bien planchado y edoredón bien secado, me sentí gran lujo. Agradezco al avión lo que tardá mucho. Y siguiente dia fui al aeropuerto otra vez y tomé al avion hasta al aeropuerto de Narita en Japón. Cuando viajaba en Japón, pudía comprender lo que mis amigos hablan y manejar lengua bien, es natural, por eso estuve locuacidad demasiado que normal. Además hace mucho tiempo practicaba español lo que no puedo entender ni manejar bien, por eso ahora tendo a probar a comprender la esencia de lo que mis amigos hablan por japónes. Entonces me convencí lo que los dias cuando tenia pena de español por lo que no pude manejar. Encima yo aprendí de la cltura de El Salvador lo que tratan las cosas cuidadosamente en nueve meces, me di cuenta de lo que no puedo tener sino las cosas indispensables. Por eso si tenga otra cosa sobrante, necesariamente lo perdí. Entonces ahora yo tengo solo las cosas minimas para vivir ágil y controar bien. Creo que todas las cosas, por ejemplo son amigos, lugar, posesión y tama del comunicación, son elegido de nuestro desiciónes, por eso hay que escoger prudentemente con la humanidad. En los dias en otoño, corría con pensamiento lo que un ranking de la comida de Japón lo que cuando regresaré a Japón, quiero comerla, Sushi, Sukiyaki, Arroz con carne se llama Gyudon de casa de Yoshino-ya lo que restaurante más famoso, arroz de caviar rojo, pescados crudos…mal que bien queria comer comida japónes mucho, pero no pude comerla por horario contrario y cambio del climatico herado, por eso comí poco en la noche con mis amigos y familias. No sabia que yo tengo un cuerpo y corazón del El Salvador hasta regresar a mi país. Después de volver a El Salvador, me sentí tranquira pero mis cosas son trasladando de acá para allá, también las son pegandose pintura blanca por la cucaracha, entonces admiré del nivel de caos de acá. Pobreza es igual que infelicidad, muchas personas viven a veces nos sentimos feliz y otras veces desgracia con cooperación de los vecinos, no puedo comparar la vida de Japón con la de El Salvador. Pero de todos modos, agradezco un institución de JICA por lo que podemos aprender las diferencias del dos mundos. Exactamente voluntaria superior también escribio en su blog en internet lo que la estancia en otro país como voluntario es otro orden que japón. Por que principalmente no podriamos regresar a este país y seria deficil de trabajar para sobrevivir en acá por poco español. Me di cuenta de lo que seria muy triste no regresar a acá en este viaje. Ahora agradezco toda la familia y amigos por lo que ellos me dieron cuenta de eso por conversación con ellos. Ellos son espejo para mi lo que confirmar mi pensamiento presiso. Los gastos de viaje eran más caro que el presupuesto, pero no hay otro remedio. Ahora pasé una semana de regresar a El Salvador y recobré cotidianos de este país para sobrevivir acá más segridad. Espero mucho lo que disfrutar esta vida local en El Salvador en este año nuevo.

フリースタイル

エルサルバドルに来る前にきれいにしていったヘアスタイルも、
南国の強い太陽と埃まみれの日々を経てずいぶんワイルドになった。
そんな髪とも今日でお別れ。

ドキドキしてエルサルバドルに降り立った3月、
語学学校に通った4月、
任地サンイグナシオで働き始めた5月。
仲間の先輩隊員に助けられて、尊敬して、
先輩たちを通して徐々に肌でエルサルバドル吸収していった6月、7月。
エルサルバドルに嫌気が差して、日本に帰りたくなった8月、9月。
人生最悪の孤独を味わった誕生日と、それを機にスランプから抜け、
エルサルバドルが好きになった10月。
写真を仕事に活かそうと誓った11月。
年末の日本一時帰国と村人たちとの笑いあり涙ありのディープな付き合いが次々と始まった12月。

2013年の1月から3月、駒ヶ根訓練所時代から今日に至るまで、
リニアモーターカー並みの早さで日々が過ぎていったけど、
その濃さといったら27年の人生史上、断トツナンバー1の
今までの価値観を大きく変えざるをえない2013年となった。

価値観が変わったっていうのは、日本に帰国しなかったら分からなかったかもしれない。
そういう意味で、日本一時帰国は往復航空券以上の価値がある。

黒髪に染め直して、アジア人らしさをアピールするために乗り込んだ2013年のモードから、
本格的に活動を進める2014年へフリースタイルにシフトしまーす。

そして。
日本の美容室、最高!!
サービス、おもてなし、文化、コミュニケーションすべて。
大好き♡

原宿に来ました〜!

原宿に来ました〜!

表参道もライトアップがきれい!

表参道も新しい年の幕開けに向けてライトアップ!

竹の子族発祥本店〜〜!

竹の子族発祥本店〜〜!

ナルプロアの東さん、いつもありがとう〜〜〜! http://www.nalupuloa.co.jp/

ナルプロアの東さん、いつもありがとう〜〜〜!
http://www.nalupuloa.co.jp/

ふわっとしました。

ふわっとしました。

Antes de ir a El Salvador, me peiné mi pelo como una asiatica lo que tiene pelo negro pero ha quemado sol fuerte del este país y recibido mucho polvos, por eso mi pelo parecío salvaje. Pero hoy me alisé bien en salón de belleza. En Marzo vine a El Salvador con expectación, en Abril iba a escuela de español en Suchitoto, en Mayo empezé a trabajar en San Ignacio, en Junio y Julio aprendía muchas cosas por los voluntarios superiores, en Agosto y Septiembre me disgustaba este país y queria regresar a Japón, en Octubre me sentí estar sola máxima en mi cumpreaños, me escapé de bajón y me gusté a El Salvador, en Nobiembre juré lo que trabajaré como fotografá y en Diciembre era entusiasmado a viaje a Japón, empezó a comunicar con salvadoreños profundamente. El año de 2013 era muy rapid para mi y más excitamente en mi vida de 27 años y lo me ayuda a cambiar mi valores por experiencia preciosa. No he dido me cuenta lo que esa experiencia lo cambió hasta regresar a Japón, por eso creo que los tiquetes a Japón tiene valor más que precio, 2,100 dollares. Ahora cambiaria mi moda lo que vine para presentar yo lo que soy japonesa a moda libre lo que accionaré en serio. Y ME GUSTA salón de belleza en Japón, servicio, acogida buena, cultura, communicación y todo.

日本のすごさ

日本滞在1日目は、17時前に成田に到着し、
そこから入国審査や荷物の受け取りなどをして家へ。

千葉から神奈川にかけての高速道路、首都高から見る景色は、
どれも洗練されていて、きれいで、感動した。

日本はやっぱりすごい!
国レベルで町が出来上がってる。
ゴミなんてほとんど落ちてないし、秩序化された社会システムにいちいち驚く。
9ヶ月間、ほぼ無秩序のエルサルバドルで暮らしたからこそ感じるものだとおもう。

その一方で、いまエルサルバドルに自分の居場所があることが、
どんなに幸せなことだろうって思い知る。
それに、あと1年3ヶ月も任期が残ってる。
残りの期間でやりたいことが次々と見えてくるし、
任期終了後の展望も日本の現状を踏まえて冷静に考えられる。

任期の途中に帰るからこそ、感じられるこの感慨深さ。
2年後だったら、寂しすぎて、切なすぎて、こんなに感動できなかったとおもう。

エルサルバドルに行ってよかったなぁ!
日本でエルサルのことを考えると、まるで幻のような話に思える。
エルサルバドルの生活が好きだし、もっと自分の力を発揮できたらと思う。

習志野料金所〜。当たり前だけど、きれいー!秩序が保たれてるー。

習志野料金所〜。当たり前だけど、きれいー!秩序が保たれてるー。

いちいち料金所があってね、高速を走るのにお金を取るのが日本なんです。そのかわり、道路は整備されてるし、ゴミは落ちてないし、完璧に管理されてる。

いちいち料金所があってね、高速を走るのにお金を取るのが日本なんです。そのかわり、道路は整備されてるし、ゴミは落ちてないし、完璧に管理されてる。

幕張の観覧車。とにかく町並みがきれい!

幕張の観覧車。とにかく町並みがきれい!

横浜へ突入〜!

横浜へ突入〜!見るものすべてに感動!

鉄道跡

エルサルバドルの公共交通機関といえばバスとタクシーだが、かつては鉄道も走っていた。

中米諸国では唯一の鉄道で1882年から2002年まで主要都市を結んでいたが、鉄道会社の赤字のため廃線になった。バスなら50セントほどで行けるのに、電車の運賃が10ドルときたらエルサルバドルの庶民の足にはなり得なかったのだろう。

廃墟となった駅

ラウニオンにある廃墟となった駅

Los transportes publicos son el bus y el taxi en El Salvador, pero los trenes habian funcionado antes. Los trenes son unicos en centro america y iban entre las ciudades de 1882 a 2002 años. Pero la campañia arrojó défict por cobrando caro por eso no habia podido dirección.